全部捏造。もしルーイが颯の本名知ってたとして、うっかり呼びかけちゃったりしたらどうなるのかの試行。

「おい、■■――」

その名前が口をついて出た瞬間に、ルーイはしまったと自分の口を抑えた。様々な音と光に溢れたゲームセンターでその声を拾えたのは、幸か不幸か隣の席から立ち上がろうとしていた颯だけだった。

エージェントに依頼された調査に必要なクラス間の情報交換を宗雲から言伝されたという颯が、ルーイの根城になっているゲームセンターに現れたのが小一時間前のことだ。平日昼間のゲームセンターは人が少なく、シューティングゲームに興じるルーイの隣に陣取った颯は連絡事項と世間話を半々にして絶え間なくルーイに話掛け、ルーイは話半分に耳を傾けていた。

あらかた必要なことを話し終えた颯が帰ろうという素振りを見せたので、一応こちらからも伝えるべきことがあったと呼び止めようとしてルーイの口から出たのは、颯の”颯”ではない方の名前、だった。

中腰の姿勢のまま筐体の天板に手をついて、颯がぐっとルーイに顔を近づける。颯の纏う高級そうな香水の匂いが鼻についた。

「Qからきいた?」

妥当なラインを自ら提示してくれる颯に、ルーイは内心安堵した。  颯とQはともにカオスアカデミーの4期生であったし、アカデミーに通っていたころの”颯”は源氏名ではない本名を名乗っていた。同期だったQはそれを知っている。Qが所属するクラスのリーダーのルーイは何かのタイミングでそれを聞き及んでいた。決して、ルーイが元から颯の本名を知っていたわけではない。そういうことにしておけばいい。

画面の中ではルーイの自機が力尽きて、ゲームオーバーになっていた。結構いいところまで行っていたのだが、今はそれどころではない。

「興味なさそうな僕の名前まで覚えてるなんて意外だな。ゲーマーって記憶力もいいの?データベースを更新しておかなきゃ」

子供が内緒話をするような仕草で、音量を低く落とした颯が囁きかけてくる。声音は先程までのにこやかさと打って変わって冷えた調子で、ルーイの鼓膜をがりがりと引っ搔いた。値踏みするように眇められた目から必死に逃げながら、ルーイは口元に当てた手をそろそろと下ろす。動揺して激しく鼓動する心臓を必死に押さえつけるように一度深呼吸した。

「……悪かった」

「うん、やっぱりお客さんに聴かれちゃまずいから、さっきのはもう二度と出さないでね」

「わかってる」

「うん、ありがとうルーイ。またね!」

いつも通りの明るい声で別れの言葉を出して、颯がひらひらと手を振る。それに曖昧に応えてゲームにもう一度コインを投入しながら、そういえば伝えようと思っていたことをすっかり忘れていたことに気が付いた。後ろを振り返ってみたが颯の姿はもうない。

後でランスにでも連絡させようと思い直して、ルーイは頭を掻いてゲームに向き直った。

(初稿:2024-06-25)